とっても簡単、わかりにくいパンフレットの作り方

  • 投稿者:  
  • 表示回数 2,187

言いたいことをぎっちりと詰め込んで。そのためにデザインも工夫して。思いの丈のすべてを盛り込んだパンフレット、なのに結果的には、読んでもらいたい人に少しも届いていない。どうして?
典型的な悪例、生命保険の約款

細かな文字、少し専門的にいうと7ポイントぐらいの大きさの文字で、ぎっちりと書きこまれているのが、保険会社の約款。パッと見ための印象は、真っ黒だ。なぜ、黒々として見えるかわかりますか。答はかんたんで文章に漢字がたくさん使われているから。

画数の多い漢字は黒く見える。黒い漢字が多数使われていると、誌面全体が黒く見える。心理的には黒い誌面には、相当な圧迫感があり、まず読もうとする意欲自体が削がれてしまう。このワンブロックの文章等がその典型である。結果的には保険の約款なんか誰も読まない。

と、実は黒い約款の狙いは、この「読まれない」ことにあったりするんじゃないかと疑いたくなるぐらいだ。といえばクレジットカードの申込なんかも同じではないだろうか。少なくとも、約款などの誌面からは「どうぞ、読んでください」といったフレンドリーな印象を受けることはまずないだろう。


地下鉄構内案内の問題

筆者はNPO法人に関わっている。このNPOでやっているメインの活動が、地下鉄をはじめとする公共交通機関でのバリアフリー経路情報の提供だ。今のところインターネットで情報を公開していて、サイト名を『えきペディア』という。このサイトのメインコンテンツが「らくらくマップ」である。

「らくらくマップ」とはひと言でいえば、地下から地上へ楽に移動するルートを案内するマップである。だからエレベーターがある駅については、それがわかりやすく。エスカレーターしかない駅でも、エスカレーターのある位置がひと目でわかるようにと工夫されている。

駅の構内図だったら、メトロや都営がちゃんと作っているじゃないかといわれれば、その通り。しかし、これら公式の構内図は「とても見づらい」のだ。なぜかといえば、情報が網羅的に盛り込まれているから。


不要な情報はノイズになる

例えばベビーカーを押しているお母さんのことを考えてみよう。エスカレーターや階段ではベビーカーを折りたたんでください、といった注意書きがある。すると、どうなるか。お母さんは片手で子どもを抱え、片手にはベビーカーをぶら下げ、ついでに荷物もなんとか持って最悪、階段を上らなければならない。とんでもない重労働である。

だから、駅ではまず、どこにエレベーターがあるかを探そうとする。ところがエレベーターだけを見つけたい人にとって公式の構内図はかなり見づらいのだ。その理由は、ノイズ情報が多すぎるからである。

エレベーターを探している人にとっては、どこにどんな階段がどれだけあるかなんてことはまったく不要な情報でしかない。いらない情報は必要な情報にとってのノイズとなる。その結果、本来求めている情報が手に入らない。とても不幸なことだと思う。


全部伝えたい、では結果的に、何も伝わらない

公式機関が出す構内図であれば、ありとあらゆる情報を盛り込まないといけないから仕方がない側面はある。「なんで、これが載ってへんねん」と批判されることは避けなければならないのだ。あらゆる人に公平に、が公的機関の原則である。提供する情報に差をつけることは難しいという事情はゆるがせにできない。

しかし、あらゆることをすべて伝えたいと思う気持ちはわかる反面、それでは読み手のことを考えていないのではないかとも考える。イニシアティブはあくまでも読み手にあるはずだ。であれば、読み手のニーズを考えて、そのニーズに応える内容なり、表現なりにフィットさせる必要があるだろう。

物質的に成熟化した今の日本社会ではメーカー志向の製品が受け入れられないのと同じく、文化的にも高いレベルにある日本では、あらゆる表現物についても表現者発想だけでは受け入れられない。言いたいことをすべて盛り込んだのでは、結果的には何も伝わらないリスクを抱えることになる。


とっても簡単、わかりにくいパンフレットの作り方

もうおわかりのように、わかりにくいパンフレットを作るのは実は極めて簡単なのだ。だからこそ、世の中にはわかりにくい印刷物が、これでもかというぐらいにばらまかれているわけだ。

自分の言いたいことを、受け手のことを考えずに、何もかもぎっちりと盛り込む。これだけでわかりにくいパンフレットはたちまち完成する。モノはなにもパンフレットに限る必要はない。ありとあらゆる表現物から、自分の語る言葉にしてからがそうである。

相手に伝わるかどうかを考えずに、自分の言いたいことだけを言う。これでわかりにくさはほぼ完成の域に達する。

であるなら、わかりやすくするためには、どうすればよいかは言わずもがな。パンフレット然り、ウェブデザインまた然りである。いや、およそあらゆる表現物に、この真理は共通する。

最後に、いつも自分への戒めとして心にいつも意識していることばを一つ。

「伝えたいなら
伝わるように
伝えるべきだ」