キーエンス、超収益の秘密

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かつて評判になった猛烈なハードワークから、知恵の限りを使うブレインワークへ。見事に変身し、ダントツの高収益を上げるキーエンス。その強さの秘密について、元キーエンスマン(現ベンチャー企業の社長さん)の話を少しご紹介しましょう。

ケタ違いの高収益企業
 

つい先日の日本経済新聞に2007年4〜6月期のキーエンスの連結業績が発表されていました(日本経済新聞2007年7月27日付)。お決まりの棒グラフが添えられています。たまたまキーエンスの右隣にはキャノンのグラフが並んでいる。これを比べてみて妙なことに気がつきました。


キャノンの連結業績は売上高が濃いグレーで、純利益が薄いグレーの棒グラフとなっています。グラフ中に売上高は左軸(0から5兆円まで切ってある)であり、純利益は右軸(0から5000億円まで切ってある)と凡例表示がある。企業の連結業績を棒グラフで表示する場合は、これが普通でしょう。


ところがキーエンスの連結業績グラフは、売上高が濃いグレー、経常利益が薄いグレーなのはキャノンと同じですが、目盛りが左軸にしかありません。そこに切ってある数字は0から2000億円まで。これが何を意味するかはお分かりですね。改めて言うまでもないことかもしれませんが、キーエンスは売上高と経常利益を同じ数字軸で表示できる企業だということです。


もっと、はっきり言えって? そう、異常なまでの経常利益率を誇る企業だということです。4〜6月の売上高は441億円で5%増、これに対する営業利益は214億円、売上高営業利益率が約50%です。ちなみに『純利益』が138億円あります。


キーエンスの秘密


そこで本題です、なぜキーエンスはこれほどまでに高い利益率を上げることができるのか? 少し考えればおわかりいただけると思いますが、キーエンス高収益の秘密は決してハードワークによるものなんかではありません。


ハードワークなんて真似しようと思えば、どこの企業だってやれないことはない。ましてやキーエンスのように「平均給与を1400万も払うから死ぬ気でがんばれ」といえば、それに応えようとする人材はまだ日本にいるでしょう。しかし、そんな人材をいくら集めたところでキーエンスには絶対に勝てない。なぜでしょうか。


キーエンス高収益の秘密は、二つあると思います。ただし、ここから先の話は、あくまでも筆者が取材した相手の話に基づくものであり、キーエンス全社員に対する調査結果に基づくものではないことをご了承ください。


秘密その一。キーエンス営業マンは優れたインタビュアーである。


すなわち彼らの仕事はセールスではなく、クライアントの話を徹底的に聴くこと。特にその不満、不都合、不具合を可能な限り引きずり出すことに集中している。しかもクライアント企業の現場で。


同社のメイン製品はFAセンサ、自動制御機器、計測機器など。これらが使われるのは製造ラインです。だからキーエンスの営業マンはクライアントの本社や営業所ではなく、製造現場に行く。ずんずん入っていく。行ってラインを実際に動かしている人たちの話をじっくり聴く。その中にはネタ、つまり提案要素がいくらでも転がっている。


秘密その二。それは予算内提案です。


少なくとも私が取材した相手に限っていえば、可能な限り現場が持っている予算内に収まる製品を提案すると言っていました。これが何を意味するか。


これこそが見積りをストレートに通すための秘訣だというのです。ややこしい手続きや根回しが必要となる上層部の決済が不要、かつ値切るのが仕事の調達部を通さなくて済む金額に押さえるわけです。図式化すると次のようになります。


現場の不都合・不具合・不便を徹底的に聴きだす

それら『不』を改善する製品を提案する
=まさに相手がピンポイントで求めている製品です

相手の予算内で決済できる金額を提示する
=相手はわざわざ稟議を通したり、購買部を通したりせずに購入できる
=キーエンスとしてはほぼ見積り通りの金額で販売できる



こんなふうに単純に図式化すると、ということはキーエンスは、現場の人たちの粗い金銭感覚につけ込んでぼったくってるだけじゃないか、と誤解されるかもしれません。ところが決してそんなことはない。現場の人たちこそ、それこそ一銭単位でのカイゼンに日夜取り組んでいる。現場はキーエンス製品を導入することで、自分たちが抱えていた不具合を確実に解消できるのです。


つまりキーエンスは現場の製造ラインに確実に価値を提供し、その対価を得ているに過ぎない。もう少し正確に表現すると、キーエンスは自分たちの製品を、その価値を的確に評価してくれる相手に提供している、と言った方が良いのかもしれません。


相手の価値とは効率アップであったり、あるいは歩留まりの向上であったりします。だからキーエンス営業マンのインタビューは、業務プロセス改革のための核心をピンポイントで探り当てるレベルまで突っ込んで行なわれるということでしょう。


その昔、コピーライターをしていた頃に、キーエンスのDMハガキの仕事を受けたことがあります。これが同じ製品について手を替え品を替え、実にさまざまな切り口から相手の現状の不具合を引っ張り出す内容となっていました。当時は、同じ製品のDM(しかもたかがDMハガキ!)なのに、なぜそこまでいろんなアイデアを求められるのかがよくわかりませんでした。


とりあえずコピーの仕事をもらう相手としてキーエンスは、ギャラの割に面倒なクライアントだ、ぐらいの認識しかなかったのです。今にして思えば、そのDMにはキーエンス流深堀りインタビューのエッセンスが詰まっていたということなのでしょう。まさに顧客の『不』は宝の山、だからあの手この手で相手の『不』を何とか引き出そうと考えられたDMだったわけです。


営業マンが自社製品の売り込みではなく、クライアントの『不』の聴き込みにシフトすれば、クライアントに提供できる価値は飛躍的に高まる(=得られる対価もぐんとアップする)。そんな可能性を、キーエンスの事例は教えてくれているように思います。