陽気な黄色も毒を吐く―2

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 店先に「椎葉堂」と縦に大書された、立派な木の表札をかける。

 アルバイトはもう募集しないので、張り紙はない。両方とも、商店街の反対側の端に文房具店を構える、書道の先生に書いてもらったのだそうだ。ちなみに椎葉さんは張り紙を大事そうに店の奥にしまいこんでいる。
 店の前を掃き、ワゴンを引っ張り出した頃にようやく常春さんが出てきた。
「あ、ご用事はお済みですか。」
「ああうん、まあね。」
 似つかわしくなくぼんやりと返した常春さんは、そこで初めてまじまじと見つめてきた。
「キョウ君、」
「鏡です。カ・ガ・ミ。」
「君、今日で何日目やっけ。」
「えーと、入ったんが先週の金曜日やから……ちょうど六日目ですね。」
 すると、常春さんは、ほほう、と宙を睨み、次ににへらと笑った。思わず後退りをする。
「そしたら、今日がハツハッツァンの日やな。じゃあ、今日来はるはずやし、新作が入ってるからよろしく言うといて。」
 「純」のマスターからって言うたら分かるから、と言い置くと、長い配達を終えた常春さんは、口を挟む隙も与えず、大急ぎで自分の店に帰っていった。

 カウンタで椎葉さんが本を読んでいる。「椎葉堂」の主人は、にっこりと笑ってご苦労さん、と言った。裏のない笑顔を見て安心する。
「椎葉さん、さっき常春さんから伝言を預かったんですが……『ハツハッツァン』って一体どなたでしょうか。」
 椎葉さんのことは「シイさん」と呼んでいるから、違うだろう。
 一瞬、きょとんとした椎葉さんは、ずれた眼鏡を調節して元の位置に収めると、首を傾げる。
「ハツハッツァン……。マスター、色々なあだ名をつけるからね。伝言の中身は何なんだい。」
「ええと、新作が入ったからよろしく伝えといてって……。」
 すると、椎葉さんは一つ大きく頷いた。
「分かった、ヤナギさんのことだね。」
「ヤナギさん……。」
「常連さんでね、もうすぐ来られるんじゃないかな。」
 もうすぐ来る。開店と、ほぼ同時、ということなのだろうか。そっと入り口をうかがった。
 

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