陽気な黄色も毒を吐く―4

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 ここで八薙さんは再び、椎葉さんの方に向き直って深く頭を下げた。

「この間はありがとうございました。助かりました。」
 なんと、彼女も椎葉さんに相談をしていたらしい。
 本の整理を再開し、聞くともなく聞いていると、八薙さんは、レジの前で椎葉さんと話をしながら、書物を吟味し始めたようだった。
「結構、面白がってもらえましたよ。実現するかどうかは分かりませんが……。」
「目新しいのかも知れませんね。」
「……あ、『時代的にありえない』がある。珍しい……。」
「この間、手に入ったんですよ。」
 本を棚に戻す気配がした。
「また後で来ますね。」
「よろしくお願いします。」
 いつも行われているとおぼしきやり取りを終えると、八薙さんは軽いスキップをしながら自動ドアをくぐり抜けた。
 ころころと印象の変わる人だなと思い見送っていると、椎葉さんが小さく呟く。
「今日は成功……。」
 一体何が、とは怖くて聞けない。

 配達を頼まれた。
 行き先は常春さんのところだ。準備をする際にちらりと見えた書名は『世界ピクトグラム集』。デザインの本だろうか。カラフルな表紙に、カクカクした線画が描いてある。常春さんは、こういう図柄が好きなのか。
「中のメモを読んでくださいって念押ししてね。」
 下らない詮索をやめ、頷いた。何のメモかは分からないが、重要なものだろう。
 一緒に、「これ返しておいてくれるかい」と封筒に入った写真も渡される。朝、常春さんが椎葉さんに渡したものだと思われた。
「代金は先に電話をかけておいたから、用意してくれていると思う。ついでにお昼ご飯も食べてきたらいいよ。」
「はい。ありがとうございます。」
 配達帰りに、「山松」で親子丼を食べようか、などと考え、配達カバンを取り上げた。
「ゆっくりしてきていいよ。水曜日はお客さんが少ないから。」
 優しい声で言い、椎葉さんは大きな図鑑を広げた。
「行ってきます。」
 初配達だ。張り切って店を飛び出し―――かけて、危うくドアガラスに頭をぶつけそうになった。つんのめった体勢のまま、目の前で自動ドアがのんびり開くのを待つ。
「ちょっと早かったな……。」
 ぽつりと追いかけてきた呟きは、きっと気のせいだ。

 

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