八木経営システム研究所

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八木経営システム研究所

八木経営システム研究所

小さな会社の方々を対象とした“経営参謀・経営コンサルタント”です。
私の持ち味は、長年に亘る企業における種々の業務体験及びその後の大阪商工会議所や中小企業支援センターでの創業支援・経営相談の経験を含むコンサルティング経験です。
貴社と悩みを共有し、貴社と力を合わせて貴社に相応しい問題の解決策を考えさせて下さい。

<当研究所の特徴>
■貴社の経営状況を総合的に診断し、改善の方向を示させて頂きます。
■幅広い専門分野
◆経営改善/経営革新のお手伝い
経営戦略・経営計画の策定、経営品質の改善、組織の活性化、
マーケティング・販売、生産性(モノづくり)向上、品質改善、
ITの活用、管理会計の活用、
◆ISO9001のシステム構築と認証取得支援 
◆社内教育・後継者育成
■お客様の負担にならない廉価なコンサルティング費用
■ワンストップコンサルティング:
私の専門分野以外のことについては、パートナーと連携して対処します。

<諸活動>
・大阪府中小企業支援センター・サブマネージャー(マイドームおおさか7F)
・大阪商工会議所経営相談員(元)
・NPO法人「すばらしい夜明けの会」準備室(医療関係) 事務局
・大阪能率協会マネジメントコンサルタント
・近畿ポリテクカレッジ講師
HP:http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

文化が街を活かす

  • 投稿者:  カテゴリ:文化
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大阪・天神橋筋商店連合会会長の土居年樹さんは、今年の年頭所感で、「文化が街を活かす」というタイトルで次のように述べられている。
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水が呑みたくなって井戸を掘るような愚はやめ、前を向く積極姿勢の商人、江戸時代の商人訓「利は義の和なり」を貫くほんまもんの商人が勝つ時代背景を創ることが今の社会に必要なことかも知れません。

「文明が文化を駆逐する時代」に「街は文化の宝庫である」という思いを持ち続けて30年、商店街(天神橋筋商店街)の活性化に励んできた成果物として、上方落語の定席小屋「天満天神繁昌亭」が完成した(平成18年)のも天満が持つ文化を掘り起こした結果であります。「芸能文化が商店街の活性化に貢献する」と考えた人は少ないでしよう。

芸能文化はお金を生まないものだという観念があるものですが、このことを逆手にとったのがこの事業です。1)上方落語会の若手芸人が活性化され、2)商店街(天神橋筋)の来街者が増え、3)大阪に齎す経済効果が116億円(1年目)、4)天神さんとその周辺が活気づいてくる。このようなことを誰が予測したでしよう。

このことを踏まえ私が感じたことが3つあります。ひとつは人の和(桂三枝さん、天満宮の寺井宮司、私・土居)の人間関係が功を奏したこと。二つ目は地の利、往年は天満宮の周辺に八軒の小屋があり、そのひとつでも取り戻そうとする執念が多くの人々に感動を与えたこと。そして、最後は時の運。落語ブームが復活しNHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」が始まり一気に落語が日本中に広まったこと。・・・・・改めて人間関係の大切さを思い知らされたものです。この教訓を大切に精進したいものです。
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土居さんの述べられていることで感動したのは、「文明が文化を駆逐する時代」に「街は文化の宝庫である」という思いを持ち続けてこられたことである。文明と文化はどのように違うか?広辞苑によれば、文明と文化とは同義に用いられることも多いが、「文明」が技術的発展のニュアンスが強いのに対し、「文化」は人間の精神的生活にかかわるものである、とある。
文明という名において、科学技術の進歩が必ずしも人間の幸福に結びつかず、また人間の生活を無味乾燥なものにし、また人間同士のいたわりの気持ちを少なくさせていることを否定できないことは悲しいことである。この悪い意味での文明の暴走に歯止めをかけるのは文化なのであろう。そういった意味で文化が切り捨てられないように我々は行政のやることが正しいものかどうかを常に監視する必要がある。

by 八木: http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/


 

大阪府の文化を維持しよう

  • 投稿者:  カテゴリ:文化
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我々は常日頃、文化的なものに接しているから、文化のありがたさというものにはあまり気づかないでいると思う。しかし一旦、今まであった文化がなくなってしまえば、何か殺伐とした気分になり元気がなくなってしまうと思われる。

そもそも文化とは何か? 
あまり難しく考えないでおこう! 作家・司馬遼太郎さんが、その著「風塵抄」の中で次のように述べている内容がわかりやすい。

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「狭義の文化は・・・・簡単にいえば、習慣・慣習のことである。
 外から家に帰ってくると、ほっとする。家は、自分がつくりあげた、自分だけの文化である。胎児が子宮にいるように、サナギがマユにくるまれているように、心を落ち着かせる。

一民族やその社会で共有される文化を、仮に狭義の文化とする。
 私どもが外国から日本に帰ってくるだけで、釣られた魚が、ふたたび海にもどされたほどの安らぎを覚える。

“文化とは、それにくるまれてやすらぐもの。あるいは楽しいもの” と考えたい。
 以下の広義の文化もかわりはない。

 国が富めば、世界一の交響楽団がやってくる。聴くと、楽しさにつつまれる。印象派の華麗な作品群にかこまれて展覧会場で座っている場合も同じである。広義の文化は、心が高められ、しばしば元気が出る。

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私も、昔、仕事でインドネシアのジャカルタに滞在していた時、文化のありがたさというものについて考えさせられたことがある。

そこには、1ヶ月ほど、滞在していたわけだが、仕事が忙しい時は気にならないが、相手先との交渉で、何日間も相手側の返事を待つために無為に待機しなければならなかったことが何度かあった。

暇を紛らすために、安くプレイできるゴルフ場が近くにあったのでよく行ったが、毎日だと飽きてくる。歴史的なモニュメントとか美術館とかがあればいいのだが、当時のジャカルタには我々日本人を癒してくれるような文化的なものはなかった。

その時、文化のありがたさをひしひしと感じた。

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ところで、現在、大阪府では橋本知事の下、全面的に予算の縮小が検討されている。これについては、
私としては、将来の大阪の復興のためにはやむをえないことだと思っている。

しかし、文化的なものまで削減することは危険だ。
文化は一度失うと、その再現には膨大な時間を要するだろう。

例えば、現在、その煽りをうけて国際児童文学館(大阪府吹田市)が存亡の危機にある。同館は、手塚治虫文化賞・特別賞に決まっている施設である。

関係者は、「単なる児童文学館ではない。児童文化の総合資料センターだ」と主張し、
存続を訴えているが・・・・・・・

また、“中小企業のものづくり支援”などを行う体制があるというのも、大阪の誇る一つの文化なのだが、
これを支援する中小企業支援センターについても、同様に存亡の危機にさらされている。

橋本府政は、「文化を消す失政」だけは思いとどまって欲しいものだ。

 

関連ブログ:橋本府政下における中小企業施策