イノベーションのデザイン

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奥出直人さんの「デザイン思考の道具箱」を読みました.

メーカーでの従来の「新商品」というと、既存のチャンネルに対して既存の商品に新しい機能や価値を加えたものを開発するというものが殆どでした.その場合の開発手法はどちらかというと技術オリエンテッドなものが多く、技術革新によって商品そのものの価値を大きく上げる事に注力されていました.
ただ状況は大きく変わり、テクノロジー自体のコモディティ化が進んだことで、技術を「どう使うか」という事が注目されています.確かに、以前の会社でロボットの開発をしていた技術者が、「たいていの事は技術的にはやろうと思えば出来る.だけど、それをどう組み合わせて良い商品(ここではロボット)にして良いか解らない.」と言っていた通り、イノベーションは技術そのものから、技術をどう社会化するかということに変わっています.

この本では、IDEOのデザイン手法とそれを発展させた経営手法をベースに、日本的な経営にフィットさせた手法として、デザインの手法をより進化させて、ビジネスの様々なプロセスでのイノベーションを加速させる事を説いています.デザインに関しては、単なるスタイリングや商品に新しい価値を加えるという事ではなく、イノベーションの手法とされています.
本の中でも何度もiPodのイノベーションに関して触れています通り、iPodやiTunesは技術的にはそれほど新しいものではありませんでしたが、それらを使って新しい生活の価値を提案することにより莫大な売り上げを上げています.最近の例ではiPhoneと国内の「デザインケータイ」を比べると解りやすいです.
そのような「イノベーション」を行う組織や人材の育成というと、そのようなスキルを教える教育機関は無いし、企業内でも個々人のタレントに期待するレベルでした.デザイナーは定性的な価値をどう高めるか、ということを日頃考えて活動をしていますので、そのようなスキルを一番持っている人種といえると思います.

ただ、この本の中でも一部危惧されていますが、デザインの現場を見て感じる問題点は、
・意思決定者がそのような新しい価値(つまり定性的な事がイノベーションであること)に対して理解できない.
通常ビジネスの現場では、マネージャーは定量的な指標でジャッジメントをするので、デザインや使い勝手などの基本的な定性的価値ですら、個人の好き嫌いや投資額のみで判断される場合が多くあります.
これは、iPod以降も単に機能だけまねた商品が日本メーカーから発売され続けている事でよく解ります.単にウォークマンの後追い商品の様な感覚で、機能や形状をまねる=iPodと同様な価値を提供できる、という勘違いを意思決定者がしている事に拠ります.
・デザイナー自身のタテワリ意識で自身の価値をビジネスのイノベーションに発展できない
特にインハウスに多いと思いますが、コンセプトをスタイリングに落とし込む事には力を発揮しますが、総合的な商品価値を上げる為のより広い領域への参画にしり込みするケースが多いように思います.これは、個人の資質の問題よりも、教育機関や企業内でのOJTのあり方が(当然ながら)古いままであることが問題なのだと思います.
ただ、IDEOなどのデザインの手法をアカデミックに分析して商品開発に結びつける企業が増える中、デザイナーのあり方というものは本当に変わっていかないといけないのだと、この本を読みながら強く危機感を持ちました.

とにかく、芸術系の大学でデザインを教える時代は終わったのかもしれません.


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