顧客台帳の恐るべき威力

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一人でスーツを年間2億円売る。しかも一着数十万といった高級スーツじゃない。紳士服チェーンAOKIでのお話。とてつもないスーツ販売の達人の秘密兵器は手作りの顧客台帳にあるという。

15分に1着、スーツを売る達人


この達人・町田豊隆さんの販売量はスーツに換算して年間約8000着(=AOKIのスーツの平均単価25,000円)分となる。単純計算で出勤日一日あたり30着。一日の実働時間を8時間とすれば一時間あたり4着、なんと15分に一着売っている計算になる。


しかも町田さんは30年近くもAOKIのナンバーワンセールスをキープしている。なぜ、そんなことができるのだろうか。


30年連続ナンバーワンを支える顧客台帳


瞬間的にいろんなラッキー要因が重なって、ある年の売上第一位をたまたま獲得してしまうことはまま、あり得ない話ではない。しかし30年間も維持し続けるためには何か秘訣があるはずだ。その秘訣はオリジナルの顧客台帳にある。


町田さんは82年から、接客時のやりとりやお客さんの情報を顧客伝票の欄外に書き込んで保存し始めた。たとえば、こんな調子だ。>>「10年くらいのお付き合い。白髪、長身でかっこいい。今日は息子さんの昇進祝いか?」「ちょっといいものをお求めのインテリタイプの方。わざわざ東京都世田谷区から第3京浜で」「21回目のご来店。気さくですごく感じがいい方」(毎日新聞、2007年8月8日付朝刊13版9面)<<


他愛もないといえば、その通り。だけれども、こうしたトリヴィアルな、しかし一人ひとりの顧客に密着した情報をベースとして上で交わされる会話は、決して通り一遍の内容とはならないこともよくわかる。自分のことを細部までわかってくれている/気付いてくれている相手のことを、人は基本的に快く思うものだ。


この顧客台帳は30年で20冊のファイルに積み上がり、中には1500人のお客様の記録がぎっしりと詰まっている。これが町田さんの売上の秘密だ。仮にこの1500人が毎年、シーズンごとに1着で計4着のスーツを買ってくれるとしたら、どうなるか。それだけで6000着となる。


客の立場で考えてみる


AOKIのようなスーツショップに買い物に行く客の心理状態を考えれば、こんな(というと失礼だけれども、現実的には安売りスーツの店であることには間違いないはずだ)お店でも、自分のことをディテールまできちんと覚えておいた上での接客をされれば、そりゃうれしいし店の人への信頼感もぐっと増すだろう。


カスタムオーダーで仕立ててもらうお店での話ではないのだ。平均単価でみれば、2万からせいぜい5万円ぐらいまでのスーツショップである。


これが最低でも10万クラスのスーツを扱っているテイラーなら話はまた別である。むしろそれぐらいのクラスの店で顧客のことを掴んでいないようでは、そもそも商売が成立しないだろう。


スーツ1着3万円の価値


だから町田さんは高級テイラーがやっていることをチェーン店のAOKIで実践したことになる。勝手な推測だけれど町田氏はお客様のことを3万円の安いスーツを買ってくれる人ではなく、一回の買い物に3万円も使ってくれる人と考えているのではないだろうか。


たとえばこれが文房具屋さんや花屋さんだったとしたら、年に4回しか来てくれなくとも一回の買い物に3万円使ってくれるお客様はとびきりの上客である。上客をもてなそうと思えば、相手のことを知っていることが必須条件となるはず。そのためのツールが顧客台帳なのだと思う。


千客万来より一客千来


時代が変わりシステムが変わっても販売の最前線、お客様との接点のあり方は変わらない。「千客万来」より「一客千来」はあらゆるビジネスで利益を出すための普遍の真理。そのためには顧客のことを可能な限り詳しく知った上で、顧客が心地よく感じるコミュニケーションを交わすこと、これに尽きるのではないだろうか。