マーケティングの達人ミック・ジャガー

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ミック・ジャガーといえばローリング・ストーンズ。一度ワールドツアーに出れば、世界中で600万人を動員するお化けロックバンドである。そのグループを50年近くまとめてきたボスのやり方から、何を学べるだろうか。

年間1000億円のビッグビジネス


全世界31カ国を回り,123回ステージに立つ。2005年から翌年にか
けて行なわれた『ア・ビガー・バン・ワールドツアー』byザ・ロー
リング・ストーンズである。総動員数にして600万人といわれる。


アメリカはもちろん日本、ヨーロッパにロシアやイスラエルなども
回っている。チケットは各国の物価事情に応じて価格が変わるのだろ
うが、アメリカではステージ近くの席で6万円ぐらいしたらしい。日
本でも最高がゴールデン・サークル席の65,000円、S席で35,000円
はしたという。


ごくアバウトな計算で仮に全世界平均でチケット単価を1万円とすれ
ば、動員数が600万人で600億円だ。もちろんツアーの総売上ともな
ればこの額には収まりきらない。コンサート会場では飲食にTシャツ
をはじめとするさまざまなグッズにCDも販売される。ざっと見積
もって年間で1000億円ぐらいの売上とみてよいだろう。


では、このワールドツアーの原価はどんなもんだろうか。


仮に1会場あたりのコストが人件費も込みで1億だとしよう。という
ことは132カ所なら、トータル132億円になる。さらにステージセッ
トそのものが10億円で、これは予備を見て4セット用意したとす
る。あとは移動コストとしてどれぐらいを見込むか。つい先日シルベ
スター・スタローンが日本に来た時のプライベートジェットのレンタ
ル料が3500万円だといっていた。これをベースに考えてざっと1回
あたり1億円として総額132億円。グッズについては原価率を40%
とみて160億円。


非常にアバウトではあるが、1000億円の売上に対して原価が500億
円ぐらい。粗利が実に500億円にもなる。ここからストーンズのメン
バーが受けとるギャラがどれぐらいにの額になるのか、想像もつかな
い。ともかくビッグビジネスであることだけは確かだ。


経営者としてのミック・ジャガー


このビジネスのコア・コンピタンスは人である。中心人物はミック・
ジャガーだ(音楽についてはキース・リチャーズがミックと同じポジ
ションにいるが、ことマーケティングに関してはミックが仕切ってい
ると考えていいだろう)。ミック・ジャガーは今年65歳、スタッフ
までを含むストーンズグループを一企業として捉えるなら、極めて優
れた経営者といえはしないか。


そもそもミックは初めから、バンドが金になるかもしれないと思って
始めた節がある。ミックがキースと出会い活動を始めたのは18のと
きだが、当時彼は奨学金をもらいながら大学に通っていたという。こ
うした人物はイギリスではおそらく相当なインテリであるはずだ。そ
こで将来の展望を考えたときにミックは当然、バンドをやるか大学卒
業を目指すかを考えたはずだ。両方を天秤にかけた末に選んだのがバ
ンドであり、その理由としてはおぼろげではあっても自分たちが売れ
るための目算を持っていたからだろう。


ビートルズをケーススタディ


ストーンズがデビューしたのは、ミックが20歳のときである。これ
はビートルズの少し後のことになる。つまりストーンズにとってはデ
ビュー時にすでにビートルズという先行モデルが存在した。おそらく
はビジネス感覚鋭かったであろう二十歳のミックは、ビートルズの成
功事例から自分たちの進むべき道を敏感に嗅ぎ取っていたはずだ。す
なわちそれは絶対にビートルズの真似をしてはいけないということ
だ。


巷では犬猿の仲とか言われた両バンドだが、意外なことに実はとても
仲がよく、お互いにシングルを出す時期がかぶらないよう連絡を取り
あっていたという。それぐらいの仲であれば、ビートルズのメンバー
から彼らの成功ストーリーを聞き出してもいただろう。そこでストー
ンズが選んだのが、徹底したビートルズ逆張りマーケティングであ
る。


そもそもベースとなる音楽性がまったく違うのである。ビートルズは
あくまでも洗練された印象的なメロディーラインとキレイなハーモ
ニーが売りである。一方ストーンズは、泥臭いブラックブルース
フィーリングぷんぷんの中にキースの妙に引っ掛かりのある(故に
カッコいい)リズムカッティングが絡む。こうしたトーンの違いを切
り口として、ヘアースタイル、ファッションから言動までストーンズ
はあくまでアンチビートルズ路線を貫いた。マネジャーの意見もあっ
たのだろうが、ここにミックの優れたマーケティングセンスをみる。


その後もミックは巧みにバンドを仕切っていく。デビュー時の実質的
なリーダーだったブライアン・ジョーンズが悲劇の死を遂げると、音
楽に関してはキースを立てながら、おそらくはバンド経営についての
実権を着実に握っていったのだろう。


ミック・ジャガーのイメージと実像


ストーンズと言えば「ワル」「ジャンキー」「アル中」といったイ
メージがつきまとう。しかし少なくとも70年代後半、ロン・ウッド
が加入した頃からのステージを注意してみると、プレイしながらバー
ボンをラッパ飲みしたりタバコを吸っているのはキースとロンであ
る。ミックは縦横無尽にステージを動き回っているが、ほとんど息一
つ乱れていない。30代後半に入ってミックはすでに節制を始めてい
たのだと思う。


これも伝え聞くところによれば食事はベジタリアンを中心にし、ジョ
ギングなどフィットネスに励み出したという。ロックスター、あるい
はストーンズのボーカルというアイコンとして、自分がどう見られれ
ばよいかを計算し、その通りにやってきた。クールである。


一時バンドメンバーの不仲説が出たときには、いち早くソロ活動に
打って出た。デビッド・ボウイとの共演など活動の幅を広げ、出すソ
ロアルバムをきちんとスマッシュヒットさせていく。これはおそら
く、他のメンバーに対するミック流の示威行為だったはずだ。ストー
ンズというブランドが持つ価値をミックは正確に理解しているのであ
る。その価値がまだまだ通じることもわかっている。だからミックは
「オレは一人でもやっていけるけれど、お前らはどうなんだい?」と
自らのソロ活動を通じて問いかけることで、他のメンバーが戻ってく
るのを待ったのだろう。


ストーンズ黄金時代はMTV時代から


それ以降が実はビジネス的には、ストーンズの本当の黄金時代であ
る。MTVをいち早く活用、シングルを出すたびに凝ったプロモー
ションビデオを出し、アルバムをヒットさせる。アルバムを出すたび
にワールドツアーにも打って出る。ツアーはそれ自体が巨額の利益を
生み出すビジネスでありながら、アルバムのプロモーションにもなっ
ている。一石二鳥である。


3年に1枚ぐらいの割合で新作を出し、ツアーに出る。これでメン
バー一人当たり30億円から50億円ぐらいの稼ぎになる。いい商売で
ある。


では、そのミックのマーケティングマインドの根幹にあるのはどんな
ポリシーだろうか。月並みな言葉でしかないけれども、一つには冷徹
な自己認識に基づく徹底的な差別化、これがあると思う。そしてもう
一つ、極めて重要なのが、バンド名に込められた彼らのキーコンセプ
ト、いつも転がり続けること「Rolling stone gathers no moss」
ではないだろうか。