あのディズニーが負けた。なぜ?

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世界最強のディズニーに真っ向勝負を挑み、
見事に大差の勝利を収めたテーマパークがある。
香港海洋公園である。
閉園寸前の土壇場からの大逆転、そこにはどんな戦略があったのか。

6年前の真夏、家族で現地に行ったことがある。とにかく暑かった。そ
して何もなかった。大した乗り物もなければ、目新しい見せ物もない。
パンダがいたのが唯一の救いといったところで、あまりの熱さに2時間
で逃げ出すように帰ってきた。


その頃の入場者数が280万人、それが今年は492万人である。一方の香
港ディズニーランドは400万人、開業初年度の520万人から落ち込んで
いる。なぜ、香港海洋公園は奇跡的ともいえる逆転劇を演じることがで
きたのだろうか。


結論からいえば奇策は何一つ打っていない。一つひとつの施策は極めて
ノーマルとさえいっていい。愚直なまでにマーケティングのセオリーに
則って、やるべきことをきちんとこなした。それが逆転勝利につながっ
た。


マーケティングのセオリーといえば、ポイントは大きく分けて二つあ
る。STPを固めることと4P戦略である。


STPは
セグメンテーション
マーケットの中のどの部分に絞り込むか
ターゲッティング
絞り込んだ中で、どれだけターゲットを細分化するか
ポジショニング
ターゲットのマインドの中に自社ブランドをどのように位置づけるか
を考えること。これがマーケティングの出発点となる。


その上で4P(最近ではパッケージを含めた5Pという考え方もあるけれ
ども)とは、
プロダクト(商品・サービス)
プライス(価格)
プロモーション(コミュニケーション)
プレース(流通)

を組み立てて行く。では香港海洋公園の場合は、どうだったのか。


まずセグメンテーションについては、テーマパークに対してただエン
ターテイメントを求める層ではなく教育効果をも狙うゾーンに絞り込ん
だ。中流以上の香港人に多い教育熱心なパパ・ママ層である。だから
インターゲットは
、その子どもとなる。おそらくここで若者を狙うディ
ズニーとははっきりした差別化が図られたはずだ。しかも子どもを狙え
ばオマケ効果を期待できる。いわゆる6ポケットである。その上でポジ
ショニング
はエデュテイメント(教育と娯楽を組み合わせた造語)とし
た。


このSTPを骨格として、そこに緻密に4Pを絡ませていった。すべてに
おいてディズニーとの差別化を意識しながら。


まずプロダクト、パークの目玉となるアトラクションになんと『クラ
ゲ』をもってきた。クラゲ万華鏡と呼ばれる施設には世界中から集めら
れた珍しいクラゲがいる。その展示スペースはわずか300平方メートル
に過ぎない。しかし、これが的確に遊びの本質をついているのだ。


いきなりだけれどカイヨワ(ロジェ・カイヨワ、フランスの社会学者、
哲学者。遊びの研究者であり、ついでにいえば筆者の卒論のテーマでも
ある)によれば、人が熱中する遊びは4種類ある。アゴン(競争)、ア
レア(偶然)、ミミクリ(模倣)、イリンクス(めまい)だ。


テーマパークでの遊びは、基本的にイリンクスである。古くはメリー
ゴーランドからジェットコースターに至るまでいわゆる乗り物系アトラ
クションはすべてそう。


ではクラゲはどうなのか。ここが香港海洋公園の知恵の見せどころで、
水槽に鏡をつけたり、光の演出に工夫することで幻想的な雰囲気を醸し
出している。派手な乗り物こそ使っていないが、立派にイリンクスと
なっている。


しかも、クラゲならジェットコースターは恐ろしくてとてもじゃないが
乗りたくないといった人でも、のぞいてみようかという気持ちになるだ
ろう。子どもと一緒に来たおじいちゃん、おばあちゃんがファンタジッ
クなクラゲを見ておもしろいと思えば、口コミ効果も期待できる。そこ
まで計算されたクラゲなのだ。


価格もディズニーに対してきっちりと差をつけた。ディズニーが大人
295香港ドル(だいたい4000円ぐらい)なのに対して、208香港ドル
(2800円ぐらい)。いわゆる七掛けである。家族3人で出かけたとし
て食事代やお土産代までをトータルに考えるなら、この差はかなり大き
い。お客様には訴求力のある価格設定となっているわけだ。


プロモーションにも力を入れた。テーマパークは話題作りが必要と考
え、妖怪着ぐるみイベント、クリスマス、旧正月など5種類の特別イベ
ントを実施している。だからといって特に変わったことをしているわけ
ではない。地道に、しかしやるべき課題をきちんとこなしている感じ
だ。


最後がプレース、つまり流通対策である。ここでもディズニーとの差別
化をていねいに行なった。たとえば旅行会社、それも中国本土の企業と
のパイプ作りである。ディズニーがそのブランド力を過信するあまり旅
行会社との関係作りに力を入れなかった対して、香港海洋公園はわざわ
ざ広州に事務所をおき、旅行会社との関係強化につとめている。その結
果、本土からの来客数にはっきりした差がついた。ディズニーが前年対
比12%減なのに対して海洋公園は12%増、極めて対照的な数字が出て
いる。


この香港海洋公園の事例から学べることは何だろうか。インターネット
時代になり、さまざまな新しいマーケティングの手法が生まれてはいる
が、何よりもまずはベーシックなセオリーをきちんと押さえることの重
要性だと思う。


強敵が来たからといってあきらめる必要は何もないのだ。むしろ敵が
はっきりと見えていれば、差別化を図ることもたやすくなるわけだ。あ
とは香港海洋公園の『クラゲ』を思いつくことができるかどうか。


ということなら、香港海洋公園のエッセンスは「99%の努力と1%のひ
らめき」ではないか。売れない、客が来ないと嘆いておられる経営者に
は、まずマーケティングの基本をもう一度見直すことを強くオススメし
たい。